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a day of ishii masayuki

[]疎外が自爆テロリストを産む








池田信夫氏のブログで紹介されていた「テロと救済の原理主義」を読了。名作であった。



読後感をメモしておこう。



この本のなかで、著者が「誇りの不平等」という言葉で、自爆テロを敢行するテロリストと、そのテロを支援する組織、社会構造に言及していた。



これは「希望格差社会」を提唱した社会学者の山田昌弘の主張とも重なる。
また、「希望は戦争!」という扇動的な発言をして注目されている赤木智弘とも重なる。
雨宮処凛は、自殺の多くは餓死になるくらいならば自死する、という社会から緩やかに強制された死である、と主張している。



こうしてみると、オウム真理教事件は終わっていないということがよく分かる。
「誇りの不平等感」をかかえた若者達が、麻原のもとにたどりつき、修行によって誇りの回復をしていく。その理想郷は、サリン事件によって自爆、自壊していった。



オウムが消滅しても、「誇りの偏在」は解消されていない。その偏在の象徴として、ニート、ひきこもり、ワーキングプアが「発見」される。これは、1億総中流幻想を創ってきたメディア業界が、目を背けてきた構造だ。



ニート、ひきこもり、ワーキングプア運動には、自滅願望者が合流している。



絶望男の白井は、その自滅願望を公言している。しかし、さまざまな人による救済の手がさしのべられたために自殺をすることなく、破滅的行動をすることなく生きている。



格差社会が拡大することによって、社会から疎外された人間による自爆的な行動が増えていくのだろう。



イスラム原理主義を、アメリカは攻撃しているが、最近、全米で頻発している、理由なき銃撃事件とその加害者の自殺事件は、アメリカの格差社会が臨界点に達したことを暗示しているのではないか。



日本でも、佐世保スポーツジム銃撃事件が発生し、死傷者を出した。孤独な自爆者たちのネットワークは、2ちゃんねるのようなアナーキーな場で醸成されている。そう考えると、国家が、いま、2ちゃんねる弾圧を始めようとしてるのは、理にかなっていると思われる。



社会から疎外された人間をまとめ上げる、組織をつくりあげる仕組みはできている。



国内にいる無数の疎外された面々に、自爆せよ、とささやき、あとおしする何かがあれば、国内でも自爆テロは頻発すると考えた。



現実に、東京都内では、ほぼ毎日、通勤電車を止めるための自爆テロ(飛び降り自殺)が敢行され続けているのだ。



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