石井政之の作業場

作家、編集者、ユニークフェイス研究、「ユニークフェイス生活史」プロジェクト、ユニークフェイス・オンライン相談、横浜で月1飲み会

ジャーナリスト、社会起業家も社会の歯車のひとつ、人は病者になるときに人間に立ち戻るのか

「考えすぎない生き方」


http://booklog.kinokuniya.co.jp/masaishii/archives/2011/04/post_120.html


という書籍を読んで、そのあとに、社会起業家やジャーナリストのブログを読むと、みんな社会のひとつの歯車なのだな、と納得できた。これまで、私は社会起業家といわれる人達、ジャーナリスト(とくにフリーランス)のひとたちに特別の愛着を持ってみてきた。しかし、これは社会の構造のなかでひとつの役割であり、その役割も流動しつづけている、と思うようになった。


家族がいたり、組織に所属したり、地域社会で何かの役割を果たす、NPO活動をする、ということを多面的にやっていくのが人間の実生活というもの。


多面的に動くことができる、ということはそれぞれのメカニズムが動いており、それに関与するということは、自分がひとつの小さい役割を果たすということ。歯車である。


いまはそのメカニズムが老朽化しているので、歯車としての人間のなかに不安が拡大している。


歯車であることを無自覚になれる。それは、その人が健康であり、メカニズムの論理を体得しているときだけに限定されている、と思う。人間は環境に適応する動物だから。


そこで、病者や障害者になったり、家族が機能不全に陥ったときに、人は、歯車ではいられなくなる。


いちどひとりの不完全な人間にたちもどって、人生を再スタートすることになる。


このブログをみてそんなことを感じた。


http://toroo4ever.blogspot.com/2011/04/4.html


田中さんは、さいろ社の編集長、松本さんの友人。私も大阪時代に何度かおめにかかってお酒を飲んだことがある。田中さんとは同じ年齢。脳出血をして快復した当事者。田中さんがこれからどういうふうに生きて行かれるのか。同じ歳の人間として気になるし、他人事ではないと思う。