石井政之の作業場

作家、編集者、ユニークフェイス研究、「ユニークフェイス生活史」プロジェクト、ユニークフェイス・オンライン相談、横浜で月1飲み会

「非モテの品格」(杉田俊介)は、もてない人間のコンプレックスを深く考察しただけでなく、「品格」として構築することに成功した

書評

 

 

 

非モテの品格』は、タイトルから中身が想像しにくい書籍である。

内容を一言で説明するならば、障害学の正当な流れのなかにある、男性についての身体論を社会学的かつ哲学的に解明しようとする試み。

そのチャレンジは成功している。

 私自身、障害学や社会学から多くのことを学んできた。

とくに身体と社会、心理の関係を、読書を通じて読みとくことには、おおきな喜びを感じる。本書を読んで、その読書の喜びを得た。

 まず、よいと思ったのは、著者が、自分自身の身体コンプレックスの遍歴について真面目に正直に書いていることである。

生まれつきのアトピー性皮膚炎であったこと。

思春期には、社会や他者からの視線を疎ましくおもい醜形恐怖的な感覚で生きてきたこと。

さまざまな書籍を読むことで、救いを求めるが、それには限界があった。

ひとりの女性に求められるという、「モテ体験」を渇望する。だが、それが叶えられなかった。そうした過程が、感情をこめつつ、冷静に記述されていく。

さらに、子供が超未熟児で産まれており、その育児体験も重層的に書かれている。

さらにさらに、著者は、障害のある人を介護するNPOに勤務しており、ALSなど重度難病患者の当事者たちの心身と、仕事を通じてコミュニケーションしている。

収入源としての本業で身体と向き合い、副業としての文筆でも、身体と向き合っているのだ。

 私見だが、身体論を書く者は、自分自身の心身を書き尽くさなければ、他者の心身を書くことはできない。私はそう考えている者である。

その立場からすると、杉田氏は、きわめてまっとうに、このハードルをクリアしている。

 

 そして、障害学、社会学、哲学書などを読み込んで、自分自身のコンプレックス、それを生み出す社会構造を分析し解明していく。

 

 よってたつ自己の身体についての洞察ができている。

文献からの引用は適切であり、引用文のあいまに、自分自身の身体経験が記述されていく。

そうすることで、杉田氏が、そう考えるのは、必然性があるし、それはまさに、もてない男としての葛藤と哀しみのなかででてきた、「心身の叫び」なのだろう、と納得させられる。

 「男の弱さとは、自らの弱さを認められない、というややこしい弱さではないのか」と、繊細な筆致で書きながら、この弱さを「品格」という言葉によって、ジャンプさせた。

 うなった。

 弱さが「品格」に転じる可能性がある、というのだ。

 弱い男たちの哀しみを書くだけでなく,その哀しみの体験は、無駄ではない、その孤独は価値ある経験なのだ、と宣言している。

 

 健常者中心の社会は批判されなければならない。

それは障害学のテーゼの一つである。障害者は、その身体に誇りを持つべし、という誇りの復権もテーゼである。

 本書のユニークなところは、弱い男たちの救いについて、祈りを捧げていることだ。

 

 安易な解決策がまったくない世界にいる、ということを書く。

ここまでは聡明な人間であれば書ける。悲観的な事柄にあふれる社会の中で生きる、モテナイ人間(それはすなわち、自分の弱さを認めることから眼を背けてきた、弱い男たち)を、安易に鼓舞しない。

 

 論考はまがりくねっている。

 

 一文に熱がこもりすぎており、ときに読みにくいことがある。

 

 それでも、読み進めることができるのは、子供への愛があるからだ。葛藤を含めて、愛情を書き上げている。

 

 超未熟児という弱者。その弱い身体から、生きるとは何かを考え抜く。

弱さのなかにある品格は、見つけるものではなく、あらかじめ、世界には、すでに存在していて、そのことに、健常者社会に生きる私たちは、目をそらしているだけ、気づいていないのだ。

 

 最終章で、著者は、超未熟児として産まれた子どもの現在の治療状況を綴っている。この父子の関係を読んだとき、すこし涙がこぼれた。

息子に語りかける。

 

「悲しんでいけないとは思わない。悲しむのはいい。でも、決して悲観はしないように。君は理不尽な生の哀しみを幼心にも知っていてるから、他人の弱さや痛みについて、きっと優しくなれるだろう。誰よりもきっと。幸いにも,この国には、小さきもの、未成熟なものの生をありのままに祝福する文化の伝統もあるような気がする。理不尽や残酷を超えて、どうか楽しさや喜びの中で君が成長していけますように。お父さんのつまらない心配性を笑い飛ばすようにして」

 

 私たち(それは健常者の視点なのかもしれないが)からみて、理不尽と思われる生命と身体には、祈りをもって向き合う。それが、弱き者と生きてきた私たちの真実であり、この世界で生きるためのよりどころである。そう信じられる読後感を得た。

 

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 杉田氏の次回作は、『宇多田ヒカル論』であるという。

激しい気性の母をもってうまれたヒカル。音楽的才能が開花したその先に、母親の自死があった。

数年間の音楽活動の休止ののちに、おおきな飛躍をみせて、世界を魅了している宇多田ヒカル

杉田の心身は、この天才をいかにして描写するのか、いまから楽しみである。

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『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』 著:杉田俊介 | ガレージと図書室 Garage and Bibliotheque

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