私が出会ったユニークフェイス当事者は、鬱病などのメンタル疾患の人が少なくなかった。
いま元気で生きているだろうか。
若いときはメンタル疾患のユニークフェイス当事者のために何かをしなくては、と思っていたけれども、いまは専門職に任せる、という心境になっている。
専門職の人がユニークフェイス当事者の心理を勉強する情報環境は20年前よりもできているはず。
私の知らないところで活躍している、ユニークフェイス当事者を治療する専門職の人も増えているはずだ。
専門職を鍛えるためにも、メンタル疾患のユニークフェイス当事者は、精神科医、カウンセラーをどんどん利用すると良いと思う。
「ユニークフェイス当事者が専門職を鍛える??」
そんなことを考える余裕はないだろうけれども、生命の危機、精神の危機の極限状態になったら、専門職に頼ることは第一優先。
それは今も昔も変わらない。設備もスタッフもいるのが専門職だ。医師法があるので診療から逃げることは出来ない。
ユニークフェイス当事者はその治療を通じて、専門職にできること、自分にできること、を整理する。整理できないとしたら、できるまで専門職の世話になるべき。
と書いてみたけど、私自身は、ユニークフェイス当事者として精神科医の診療を受けたことがない。だから実体験としてはわからない。このあたりについては、メンタルを病んだユニークフェイス当事者が体験談を書いてほしいと思う。
ユニークフェイス当事者の私がメンタルが壊れないでこれまで生きてこれたのは、嫌なことから逃げる、いやな人とのコミュニケーションを避けることをコツコツやってきたからだと思っている。
それは得意である。
ユニークフェイス当事者としてのサバイバル能力は高い方だと思っている。
サバイバル能力を伝えていくことはできる。そのひとつが言葉を使いこなすテクニックである。奥が深いテクニックだけれども、身につけると一生の宝になる。
文章術についてオンライン講座を企画したので、興味のある人は参加してほしい。
追記
ユニークフェイス当事者はどこにでもいる。そして、どこにもいない。ユニークフェイス当事者とは普通の人のことであり、ユニークフェイスとは、普通の人の悩みと困難である。その壁を越えて幸福に暮らしている人はいる。ただ、その経験が書き残されて伝承されていない。だから若い当事者は先人と同じことを悩み、それがきっかけで人生の袋小路につきあたる。それは特別な経験であるが、見方を変えたら、普通の経験である。
個性的な顔はある。個性的な人生もある。それはありふれたことである。生きるとは、たいしたことでない、特別なことではない。私ができることは、ユニークフェイス当事者にとって生きることが喜びとなるように、祈ることだけだ。