石井政之の作業場

作家、編集者、ユニークフェイス研究、「ユニークフェイス生活史」プロジェクト、ユニークフェイス・オンライン相談、横浜で月1飲み会

『本を読めなくなった人たち』(稲田豊史)

『本を読めなくなった人たち』(稲田豊史)、読了。

長い文章(書籍や小説)を読めなくなった人たち・・・についてのノンフィクション作品。「本を読めなくなった人たち」という表題だが、その「人たち」とは、おもに若者たちを指している。

 

インターネットとスマホ、そしてSNSが普及することでテキストは無料で読める環境が整った。その環境で育った若者たちが、長い文章を読めない、書店に行かない、長文読解能力が低下している、そんな事実をグループインタビューや、出版業界の関係者からのインタビューで浮き彫りにしていく。

 

若者に限らないが、書籍を買う人が全体として減っている。そのため全国的に書店の廃業が増えている。そういう出版ビジネスの衰退を嘆くノンフィクションは数多く出されている。この本は、若者がテキストと向き合うときに何を考えているのか、を焦点に書かれている。そこが類書とは違う点だろう。

 

あとがきで「本を読めなくなった人たち」というタイトルの意味を、こう説明している。

 

「本を読めない人たち」や「本を読まない人たち」ではない。本人の意思や能力の欠如によって不読なのではなく、身をおいている社会の変化ーーー非読社会化ーーによって「読めない体」になってしまった側面もあるのではないか。

 

書籍を読む習慣がまったくない人たち、読む能力がない人は、この本では記述されていない。

つまり、知的好奇心があっても、ニュースは無料で読む、長文を読むのが苦手、書店に行かない、文学作品はコスパが悪いから読まない、という若者が増えている。そして情報は、動画やポッドキャストなどのテキスト以外の情報からとる。コスパとタイパを最優先にした生活態度が広がっている、という。

 

「非読社会」とは、長文のテキストを読まなくても情報収集ができる、知性を育むことができる社会、と理解した。本を読まなくても知性を身につけた若者のコメントは紹介されているので、バランスをとった表現だ、と思う。

 

 編集者が生成AIをつかいこなして、必要最小限の手間ひまで、書籍に必要な文字数の文章を作りあげ、それを商品化している現場についても書かれている。なるほど技術革新はすごい、と思いながら、つまらない作業だろうな、そういう本は買わないようにしよう、という感想をもった。

 

 稲田氏は、本書を書いた原動力は「怒り」だ、と書いている。

 「人間の頭で捻り出し綴った文章に、経緯とお金が払われないという状況」に対する怒り。

 現役のライターとして、素直な感情の吐露だ。まっとうな怒りだ。

 生成AIによって、短期間で効率的に文章作成ができるようになった。これからますます文章の経済的価値は下落する。ライターとしては絶望的な状況だ。

 しかしながら、

 コスパを度外視して、おもしろい小説・書籍を書く若者は次から次へと現れている。読者がいようがいまいが、承認欲求の充足が目的なのだろうが、書く、考える、という行為から逃れられない人間が、この高度情報社会で増え続けている。

 その欲望をもった人たちが、書店で書籍を買う、読む、だけでは満足しなくなっているわけだ。ほかに面白いメディアはあるし、ほかに学ぶべき、体験すべきことがあふれているのだから。

 生成AIが普及することで文章の経済的価値はゼロになっていく。同時に、高額な値がつくであろう、書くに値する文章とは何か、買うに値する本とはどういうものか。それを著者の稲田氏は、すでに熟知している。

 これから書籍の価格は上がっていく。書店の閉業は止まらない。若者の人口減少で大学がなくなっていく。読者人口は減るのに、生成AIでコンテンツは爆発的に増えていく。 これから書籍をめぐる環境はさらに悪化していく。面白い時代だ。

 本書で書かれたように、「本を読めなくなった人たち」は増えているのだろう。しかし、いまの時代を読めない人間になりたい、という若者はひとりもいない。

 コンテンツの環境変化、という時代の変化を読みたい、という人にオススメの良書だ。

 

 

追記

 

「本を読めなくなった人たち」の予告編のような動画だ。本が多すぎて選ぶのに苦労するーーーそれは同感。書店に行くと、目当ての本を探すまで時間がかかる。それを楽しめないときがある。

 

www.youtube.com

 

追記

先日、読了した『作家で食っていく方法』(今村翔吾)とは真逆の本だった。共通しているのは、生成AIでは書けないことを書く、それがプロ作家だ、という視点。

 

 

 

追記

 以前、「文筆生活の現場 ライフワークとしてのノンフィクション」という本を刊行したことがあります。ノンフィクションを書いてもコスパが悪い、だけどそういう本を書くのが好きだ、という内容の本です。図書館でみかけたら読んでほしい。

 

私の書いた本は売れなかったけれど、この動画は79万回再生になった。書籍が売れないなら、動画ではどうか、と試した結果です。やっぱり動画の時代ですね。


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追記

 以前、ユニークフェイスの活動を紹介する新聞記事を持った人が私の前に現れて「石井さんの人生の全てがわかりました!」と言われたことがある。「私の書いた本を読まないとわかりませんよ」と答えた。「いえ、この記事だけでわかります!」と明るく断定された。今、思い返せば、あれは『本を読めなくなった人たち』との出会いだった。