昨日、息子の石松と9歳の男の子が遊んでいるところをみていて、感心したのが、ふたりとも言葉を使わずにコミュニケーションをしていたことだ。石松が奇声を発する、微笑む、と男の子は、それに反応していた。逆もまたしかり。へー。やるじゃないか。石松。知らないうちに成長しているんだな。表情と声色だけでのコミュニケーション。お父さんにはできないな。
さっきまで、石松は大泣きしていた。オカアサンにだっこして欲しい、とアピールしているのだ。天を仰ぐような悲嘆のポーズをとる。号泣しているけれど冷静。ぼくが近づくと、手を振り払い、泣き続ける。
こういう泣き方を、ぼくも幼少のときにしていたと思う。懇願泣きだ。
どんどん賢くなっている。