Tech Mom from Silicom Valley から
http://d.hatena.ne.jp/michikaifu/20080308
日本の「匿名ネット」の話も、そういうわけで、「日本」「アメリカ」の白黒の話ではない。バランス点が違うだけなのだ。「いじめの文化」「有名税」
のリスクという「コスト面」と、「有名益」を挙げられることの両面から、バランスがどう違うか、という話である。リスク面ばかりを見てはいけない。
ア
メリカ的に、個人のブランドを確立することの有益度が大きければ、実名をさらす「有名益」は大きいのである。日本では、崩壊寸前の終身雇用をベースにした
雇用慣行の問題があって、個人ブランドの重要性が低いため、「益」が大きくなりにくいという問題点がある。このあたりの詳しい話は、「パラダイス鎖国」
の本を読んでほしいのだが、少しずつ変わりつつあるようにも思っている。それと、「有名税」ばかり見て、「有名益」のほうをサッパリ言わない大手メディア
に対抗して、「有名益」を享受している私たちは、なんとかしたほうがいいんじゃ、とも思う。口で言うだけじゃなくて、私たちがいろいろな意味で「成功例」
にならなければ、と思う次第である。
「匿名の卑怯者」問題が、海を越えた在外日本人にも恐怖感を抱かせる。数少ない実名ブログの多くは過剰なポジティブシンキング的記述であったりする。個人ブランドとしてバランスをとることが下手な人が多いのだ。
私が浜松市に住みはじめてから、練習するようにしているのが、余分なことをしゃべらないという態度。やってみると快適なのだとわかりはじめた。ひとを観察するには便利。日本人が、傍観者的な態度で物事をみて、いっこうに事態が改善されないのは、この「沈黙と傍観の文化」のためだ、ということは間違いないだろう、と思う。