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書評 『路地の子』上原善広著

 書店で、あとがきを立ち読みして、すぐにレジに向かった。

 著者の上原善広は、1973年うまれのノンフィクション作家。あとがきで、20歳で学生結婚をして、卒業した年に娘が産まれた、そのあとに単身アメリカに飛んで、いろいろあって、離婚。子どもは4人いるという。さらに自殺未遂経験がある。兄妹のひとりは性犯罪で服役中。被差別部落出身(上原は、部落のことを「路地」と呼ぶ)。そういう作家が、親父の人生を取材して書いた、というのだ。

 ここまで読んで、面白い作品であることは確実だ、と分かった。

 親父である、上原龍造は、戦後の貧困のなか、とば(屠場)で修行し、食肉ビジネスで成功した人物。ヤクザ、共産党部落解放同盟という組織、運動体そして利権が渦巻く、路地のなかで、ひとりの自営業者としてのし上がっていく。いっぽんどっこ。一匹狼、として成功することは難しい環境で、のし上がるためには、暴力、修行した職人としての腕、金儲けのための才覚、そしてアクの強い業界の人間との人間関係が必要になる。そのすべてを自分の能力だけを頼りに、生き抜いている。戦後の高度成長の波に乗った、というのは簡単だが、とにかくエネルギッシュである。この人は成功するだろう。しかし、家庭内暴力がすさまじい。ありあまるエネルギーが、憤怒に変わると、妻を殴り、間男を半殺しにする。躊躇はない。

 書籍の帯には「金さえあれば、差別なんか、されへんのや!」。

 この啖呵のとおり、龍造は差別される人間にはならず生き抜くことに成功した。

 しかし、である。その壮絶な生き方と、まともな家庭をつくることは両立できなかった。4人の子どもを産み育てた妻との離婚、愛人との別れ、信頼する職人のシャブ中毒と自殺。この職人が、あんたみたいにオレは強ないんや、という叫びは、身にしみた。貧困のなかで、のし上がるということはきれい事ではないのだ。

 最終章では、福島県産の牛の肉の取引が描かれる。風評被害で暴落した福島産の肉を、龍造は買う。ほかの業者は目を伏せて、競りに参加しない。買ってみよか、という勘はあたる。おおきな利益を生み出したとき、まだまだオレはやれる、という気迫が満ちていたという。

 自営業者がいかにして生き残るか、という経済ノンフィクションとして読んでも面白いかもしれない。お行儀のよいサクセスストーリーではない、差別と貧困から立ち上がる成り上がり人物評伝。

 読了後、焼き肉が食べたくなる。これでたった1400円。おいしいノンフィクションである。

 

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路地の子

路地の子