石井政之の作業場

石井政之  作家、編集者、ユニークフェイス研究、「ユニークフェイス生活史」プロジェクト、ユニークフェイス・オンライン相談、横浜で月1飲み会。---有料マガジンの登録をお願いいたします

ひとりの父親が、ユニークフェイス当事者から学んだこと----書評 『この顔と生きるということ』岩井建樹著 朝日新聞出版社

 ユニークフェイス当事者の体験談をまとめた書籍は、これまで3冊刊行されている。
 『見つめられる顔 ユニークフェイスの体験』(石井政之他編集 (高文研)2001年
 『ジロジロ見ないで―“普通の顔”を喪った9人の物語』(高橋聖人・茅島 奈緒深 扶桑社)2003年
 『顔ニモマケズ ―どんな「見た目」でも幸せになれることを証明した9人の物語』(水野敬也 文響社)2017年

『見つめられる顔』は、当事者が企画編集した、当事者の体験談をまとめた書籍である。当事者による、当事者のための、当事者の書籍だった。文章だけであり、それぞれの当事者の写真は掲載されていなかった。そのため、あまり注目されなかった。

『ジロジロ見ないで』は、雑誌記者と写真家が企画した、当事者の顔写真とインタビューで構成された。そのビジュアルのインパクトから、増刷を重ねて各地で写真展が開催された。

『顔ニモマケズ』は、自己啓発書のベストセラー作家が、企画編集執筆を担当。やはり当事者の顔写真と、インタビューで構成された。印税は、企画協力したNPO法人に寄付された。

 本書『この顔と生きるということ』は、ユニークフェイス当事者の現実を伝える、最新のノンフィクション作品である。当事者の顔写真とインタビューで構成されている。
 過去の3冊とは、一線を画す特徴がいくつかある。
 第一に、書き手が、当事者の親であること。これまで子どものユニークフェイス当事者の親が、ユニークフェイス問題を1冊の書籍を書き上げる、ということはなかった。第二に、書き手が新聞記者であり、取材執筆の専門家であること。第三に、本書に収載された原稿の多くが、はじめにネット配信されたことである。そのため多くの読者に読まれてきた。ネット時代のコンテンツとして、過去の3作品とは違う方法で読者を獲得してきた。
 
 私が注目したのは、前書きである。なぜこの本を書くことにしたのか。著者は、2000年に誕生した息子の顔面に違和感を覚える。検査の結果は、「顔面右側の表情筋の不形成」。顔の右側の筋肉や神経が少ない。原因は不明。このため左右非対称の表情になる。右目はまばたきできない。
 インターネットで検索しても、おなじ症状の当事者の体験談を見つけることができなかった。取材をして、息子がどんな人生を送ることになるのか。どんな苦難が待っているのか。幸福になれるのか。その手がかりを見つけるために、当事者の取材をはじめる。

 約20人の当事者を取材している。さまざまな病状(アルビノ、リンパ管腫、血管腫、低身長、脱毛症、トリーチャーコリンズ症候群、眼瞼下垂、巨大色素性母斑など)の当事者、さまざまな立場(本人、親、支援者、当事者の配偶者)の肉声を言葉にしている。写真も撮影している。新聞記者の写真は、メモ代わりになりがちだが、本書に収載された写真は、当事者の人柄と生活の撮影に成功している。短時間の取材のなかで、よい表情の写真撮影が可能になったのは、著者自身の問題意識の高さと、当事者の親であるという自己開示のゆえだろうと、想像する。

 私も取材協力者のひとりである。
 ユニークフェイス問題について、数多くのメディアの取材を受けてきたが、岩井記者の取材に対応した時間は最長だった。面談で4時間。その後、電話取材やメールでの確認作業でも、細かくコミュニケーションをとった。
 
 取材協力をするためだけならば、これほど多くの時間をさいたりしない。
 私は岩井という人間に、問題意識のバトンタッチをするつもりで相対した。
 拙著『顔面漂流記』を刊行し、セルフヘルプグループとしてユニークフェイスを創設したのが1999年。20年の時間が経過し、ユニークフェイス問題については、少しづつだが社会に知られるようになった。しかし、ほかのマイノリティ問題(女性、障害者、外国人、被差別部落など)と比べると、まだまだ知られていない。当事者の苦悩と差別体験を、たかが顔のことくらいで、と軽く見る現実に変化はない。当事者の現実はまだ知られていないのだ。
 取材体験とは、学習体験である。岩井記者は、子どもの異形に戸惑っているだけの男から、取材を通じて、異形という特徴をもった子どもを育てる心構えを獲得していった。私を含めた数多くの取材協力者が、岩井記者に問題意識を伝達した結果であろう。
 さらにいえば、本書の文章表現は平易である。それは新聞記者としての職業倫理であるだけでなく、もっとも読んでほしい読者として、自分の息子を想定していることによる。
 あとがきは、父親としての愛情が込められており、申し分ない。実際に、購入して読むことをオススメする。
 ひとりの親の成長のノンフィクションとして広く読まれるべき作品である。

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補足。父親であり、ジャーナリストがユニークフェイス問題を書いたノンフィクションとしては日本初の書籍。画期的。

補足2。単一疾患・症状ではなく多様な当事者を描いた。これは、簡単そうに見えて難しい。

補足3。当事者との距離感がよい。肉親だからわかり合える、という情緒に流されなかった。ジャーナリストとしての取材協力者との距離の取り方がよかった。これも簡単なことではない。

補足4。ユニークフェイス問題については、いわゆる第三者の立場によるノンフィクション作品がまだ少ない。研究者も少ない。これは日本社会の課題であり特徴である。社会的な関心がまだ少ないゆえと考えられる。

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著者
 岩井建樹 twitter https://twitter.com/ttk_iwi

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