石井政之の作業場

石井政之  作家、編集者、ユニークフェイス研究、「ユニークフェイス生活史」プロジェクト、ユニークフェイス・オンライン相談、横浜で月1飲み会。---有料マガジンの登録をお願いいたします

書評 『私がアルビノについて調べて考えて書いた本』 アルビノ当事者の語りを発掘する、当事者の研究者のデビュー作

 アルビノという疾患がある。生まれつき色素が欠乏している。白い肌。髪には色素がないので金髪にみえる。2万人に一人の割合が生まれる。希少な人たちだ。マイノリティのなかのマイノリティである。
 日本では、マイノリティ研究というと、在日、女性、部落、障害者,最近はLGBT、と相場が決まっている。スーパーマイノリティを研究対象にする研究者はほとんどいない。研究者として評価されにくいからだ。
 著者の矢吹康夫はアルビノの当事者だ。本書が単行本デビュー作になる。
 アルビノの当事者が、自分自身の体験と思索、そして同じ境遇にある当事者のライフヒストリー(個人史)を記録した研究書である。
 ここは大事なところだ。
 当事者が当事者を研究した。正確に言えば、ほかに誰も研究しなかったから、当事者がするしかなかった。
 そのような問題意識をスタート地点にして、本書は書かれている。
 著者が、普通の身体をもった、普通の外見の人間ではない、ということ。
 マイノリティを研究するのは、多くの場合、マジョリティの立場の「普通の人間」である。ここでは、マイノリティ当事者自身が、同じ疾患をもった当事者を研究対象にしている。 
 当事者自身が、当事者のことを研究する「当事者研究」というジャンルがある。そのひとつの成果である。
 矢吹の専門は社会学・障害学。 
 冒頭、自分自身のアルビノ体験を書いている。生まれつき、白い肌、金髪。そして弱視。外見は日本人ばなれしている。身長180センチのため、初めて彼を見る人は、外国人と思ってしまう。子供たちは、彼をみて「ハロー、外人」と声をかける。
 二十歳くらいまで、自分自身がどういう疾患なのか知らないまま育った。アルビノ。先天性色素欠乏症。1、2万人に一人の確率で生まれる。希少な存在であることも自分で学んで分かった。。彼はアルビノについて書かれたネット情報を集めてみた。すると、「人間のアルビノ」についての情報がほとんどなかった。ネット空間では、動物のアルビノや、アニメキャラクターのアルビノの情報で溢れていた。
 調べていくうちに、ユニークフェイスという市民団体が、普通ではない外見をもった当事者を支援していることを知る。ユニークフェイスは、生まれつき顔の右半分に赤い痣(血管腫)がある私(石井政之)がはじめた、当事者主導のセルフヘルプグループだった。
 私は、当時20歳くらいの矢吹と会っている。
 記憶に残っている矢吹は、こういう人だった。
 演劇活動に熱中して大学を中退。アルバイト生活をしていた。ラブホテルの清掃。ユニークフェイスには参加しているが,「社会運動は面倒くさいですね」と言っていた。「そう、面倒くさい、でも、ほかに誰もやっていないからはじめた」と私は応じた。誰もやっていないことはやりがいがあるぞ。彼は,弱視の目で,私をじっと見つめた後、すこし首を傾げた。考え事をするときの癖なのだろう。
 目立つ外見、そして弱視。ハンディキャップはある。どんな人生を送ることになるのか。
 しばらくして彼はユニークフェイスから離れた。それから約15年の月日が流れて、矢吹は誰もやっていないことをやり遂げた。
 日本人のアルビノ当事者が、アルビノについての本格的な研究書を書いた。日本初の仕事である。快挙だ。
 13人の当事者のインタビュー記録が興味深い。矢吹という当事者を前にして、普通の外見の人間にはきけない、こまかな出来事、心象風景が書き留められている。
 当事者だからほかの当事者に本音を無条件で聞き取れるわけではない。インタビュー計画があり、当事者への配慮があり、原稿の確認作業がある。
 矢吹のインタビューのユニークな点は、「アルビノでこんなに苦労をし、差別された」「アルビノで差別されたから今がある」という、差別→克服→生存、という単純なストーリーへの懐疑の姿勢だろう。
 多くのマイノリティは,聖人になるか、闘士になるか。その二択を社会から期待される傾向がある。両極端なマイノリティイメージの、中間のグラデーションにアルビノ当事者の真実の声がある、という視点は新しい。多くの当事者は、普通の人間同様,大事件に巻き込まれて活きているわけではないのだから。
もっとも、だからといって、アルビノとして生まれたことが、当事者にとって大事件であることに変わりは無いのだが。
 私は顔面に血管腫のある当事者だ。その視点で、本書を読んだ。弱視ゆえに盲学校にいく当事者が多いことに気づく。そして盲学校のなかで、マイノリティとしてのアイデンティティを身につけていくことも分かった。学歴などに恵まれた当事者も多いようだ。家族との軋轢も少ない当事者が、インタビュー協力していることもうかがわれる。その意味で、本書で書かれた当事者の声は、ほんの一部である。アルビノをとりまく状況を知るためには、より多くの研究者の参画が求められる。
 アフリカでは,アルビノ当事者の身体が薬になるという迷信から、アルビノ狩りがあり、多くのアルビノ当事者が虐殺されている。国際的に注目される虐殺事件になっている。
 本書によって、日本のアルビノをめぐる状況に光があたりはじめた。
 本書以前、日本のアルビノ当事者の語りは、ほとんど記録に残っていなかった。歴史は動き出した。

 

私がアルビノについて調べ考えて書いた本――当事者から始める社会学

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ishiimasa.hateblo.jp

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