絲山秋子さんの著作は、前から気になっていました。良書が多いということだけでなく、ご本人が心の病気をきっかけに会社員を辞めて、執筆活動に入ったこと。芥川賞を受賞してからも、その病気を隠すことなく仕事を続けていること。面白い人だな、立派な人だなと、思っていました。
ネットで『離陸』が高い評価を得ているのを知って,購入。絲山さんは短編の名手と思っていましたので,長編でどれだけ面白いのだろうか、と気にしながら読み始めて、実に面白かった。小説の醍醐味とはこういうものだ、と堪能しました。
主人公は、国交省の若い役人。この人が、関東の田舎でダムの管理をしているところに、外国人の男がのっそりと現れて、かつての恋人を探している、おまえはその消息を知らないか? と物語が立ち上がる。そこから先の展開は、日常生活の描写と、非現実的なミステリー展開がまじりあって、最後まで目が離せなくなる。絲山さんの作家としての個性なのか、脇役に、障害のある人が出てきて、その日常生活の様子がとてもきれいに表現されているのもよかった。主人公の妹が、視覚障害で、その残された感覚を使って元気に生きている様子は、丁寧な仕事をしている作家だなー、と感じました。
主人公は、妻を亡くし、人生を再スタートさせるために、転職。35歳をすぎた男の転職のリアル。北関東から九州に居を移して、生きていく姿。小さな人間の幸福と不幸と、普通の生活。そのなかにある、生と死のありようを綺麗に表現している。登場人物が、読者である私のなかで、本当に生きている、と感じられる小説になっていた。
離陸、という意味は、「人間は死という離陸を待っている存在」、というテーマから産まれたタイトルらしい。もっと劇的な、売れるためのタイトル作りもありだったと思うけれども、このシンプルなタイトルで、読者は自分自身の生と死についても、考えていく、想像していくきっかけになると思う。普通に、人生とは何だろう、と考えさせられる、というのは力のある小説がなしうること。傑作です。